上述したように就学児以上は文科省の緊急支援が施策され心のケアがなされる見通しが持てました。しかし一番放射線の影響を受けやすくリスクの高い乳幼児とその家族に対しては、2011年4月時点でも何も行政の支援策がうたれていませんでした。福島県臨床心理士会は「東日本大震災対策プロジェクト」を立ち上げ、未就学の乳幼児とその家族を主たる対象に支援を行う必要性を痛感していたところ、公益財団法人日本ユニセフ協会から「
福島県における東日本大震災後の心のケア事業」の実施を委託され、連携協力関係を結びました。
2011年から2013年までを東日本大震災対策プロジェクトが行い、2014年から2016年3月までを
NPO法人ハートフルハート未来を育む会が事業を実施しました。
支援方法は、震災・津波・原発事故・風評被害の4重苦にある福島県独自の工夫で「心理教育」「ピア・グループミーティング」「親子ふれあい遊び」の3本の柱を立てて支援を組み立てました。
1)心理教育という柱
①親の精神的安定の回復
:乳幼児にとって両親が安全基地であり、乳幼児はその愛着対象の親の情緒を手がかりに感情を調節し、精神的安定を得ていきます。その愛着対象である母親や父親の精神的安定を取り戻し家族の安定を図ることが課題の急務でした。
②避難や過剰防衛によるリクスへの注意喚起(リスクコミュニケーション)
:避難により家族の分断、安全基地の崩壊という現象が起きたことは想像に難くありません。放射線の健康への影響はもちろん心配ですが、愛着対象から分離される子どもの心の傷つきがもたらす心身の発達、パーソナリティ形成への影響などは、放射線による健康被害と比べ小さいものではありません。地場野菜や牛乳の制限等食事の偏りも、さらに外遊びの制限によるストレスや運動機能への影響の健康被害は、放射線による健康被害と比べ小さいものではないこと、むしろ低線量被ばくの福島の場合、ストレスの健康被害の方が大きいということを知らせる必要がありました。
③リスクバランスを自己決定する勧め
:それぞれのリスクを知ったうえで賢くストレスをできるだけ受けないで放射線を防護する工夫や、放射線のリスクと放射線防護のためのストレスリスクのバランスを取るといった姿勢も、受け身ではなく自分自身の判断(自己決定)として必要な考え方と思われました。
2)ピア・グループミーティングという柱
何より福島に暮らす同じ立場の者として、前向きに生き育児を楽しんでもらいたい。それには、同じ立場の親同士が語り合うことで同じ不安を支え合って乗り越え、お互いに知恵や情報を出し合うことができるピア・グループミーティングが最適と考え第二の柱にしました。親どうしの絆に働きかけピア・サポートの力を活用し、それぞれをエンパワメントしていくやり方が、様々な情報を信頼できなくなっている親たちには一番効果的だと思われました。
3)「親子ふれあい遊び」という柱―ストレスマネージメントと愛着
放射線の健康被害という「曖昧な不安」や避難生活のストレスは、母子の愛着を形成しにくくさせていました。
保育士の協力を得て、親子のスキンシップと楽しい関わり・愛着を回復するような遊びを提供することにしました。
不安を一時的にでも脇に置いて、集まった親子が楽しく手遊びしたり運動したりスキンシップを持ったりして過ごすことができると、子どもの笑顔がお母さんを癒やしお母さんの笑顔が子どもを癒やすという相互作用が起き、親子に安心感安全感をもたらします。
以上のような3つの柱による方針で、2011年6月から以下に述べるような子育て緊急支援対策を福島県の被災親子に行いました。
1.子育て広場に来ている就学・未就学児と保護者への支援
2.各市町村の乳幼児健診の場を活用しての保護者への支援
3.公立・私立保育園、幼稚園、学校、学童クラブへの心理教育及び巡回相談
4.仮設住宅及び借上げ住宅などへの巡回相談
5.保健センター及びそれに準ずる施設などへの親子遊びと親ミーティングの支援
6.市町村保健師など支援者への心のケアに関する研修会の実施 7.子どもの支援に携わる人々への心のケア
(個別相談、ピアミーティング)
8.福島県生協連との連携。「福島の子ども保養プロジェクト」
9.研修会の開催
福島こころのケアセンターが2012年に立ち上がったため、この内4,6,7の支援は、2013年より同センターに委ねました。